安達菜都(あだち なつ / フリー)
■ インタビュー
── イレナにキャスティングされた時の気持ちを聞かせてください。
安達:このところ母親役を振っていただくことが増えてきている中、特に今回は、作品上、重要な役割を担っている、かつ大変難しいメインの役を任せていただけたことがすごく嬉しくて、また身が引き締まる思いでした。
── この作品はドーピング問題に苦しむ少女アスリートの物語ですが、世界観とテーマをどのように捉えましたか?
安達:冷戦時代の共産圏という、国家に生き方を強要される世界に改めて衝撃を受けました。
主人公のように強化選手に抜擢されるということはとても名誉なことでしょうが、勝つために不正を働くことが正しいとされ、自分の実力で頂点を目指そうという気持ちを曲げようとしてくる社会の大きな歪みを感じました。
この作品で描かれる当時のチェコスロバキアの人々が、個人ではなく国として物事を考えなければならない時代にあったことをまざまざと見せつけられたように思います。
この国が冷戦時代から解放されていく過程の中で、彼女たちの苦しみがどう希望につながっていくのか、物語の先にそういった道標がテーマとしてあるように感じました。
── イレナを演じる上でどんなことに気をつけましたか?
安達:不幸な人になりすぎないように気をつけました。
イレナのおかれている境遇は非常に厳しく、とても恵まれているとは言えないんですが、その中でも可能性を見出そうとする彼女の強さを感じました。
辛いことはたくさんあるんですけど、それに対して不満ではなく戦っていこうとする、前向きに生きていこうとする姿勢を私なりに守っていきたいと思って演じました。
── 娘のアンナとの親子の愛情にかなりウエイトが置かれていたと思います。
特に二人の大喧嘩は見せ場でしたね。大変でしたか?
安達:すごく大変でした。苛立ちや怒りの感情をただぶつけるのではなく、説得しようとする気持ちを強く持ちながらぶつかっていくバランスが非常に難しかったです。
アンナに対する気持ちをはっきり伝えるイレナの勝負所で、母親としての「あなたの未来のために」という気持ちを強く込めました。
── アンナのコーチのボフダンは、とてつもない野心家でした。彼の見る未来をどのように見ましたか?
安達:ボフダンはイレナと年代的に近いので、おそらく同じ時代の推移を見てきた人物だと思うのですが、国の体制に反発して活動した結果、選手生命を終えた彼女と、かたやコーチとして自分のキャリアを活かして活動できているボフダンとの差は、やはり大きく感じられました。
国に変わってほしいと願い、子供の未来を守ろうとしてスポーツ界を去ったイレナと、スポーツ界にいながらこの国の未来を夢見たボフダンのやり方には明らかな違いがありましたが、「選手の未来を守りたい」という点では同じ思いを抱いていたのではないかと思っています。
── 秘密警察のノヴォトニーと、元恋人のマレクの存在をそれぞれどう捉えましたか?
安達:ノヴォトニーはイレナを苦しめる国家体制の象徴のような人物ですが、彼女が正しくないと思っている体制の中に、どうして平気でいられるのかが理解しがたい存在でした。もちろん彼の正義はあるんでしょうけど。
一方の、反政府活動を行ってきたマレクの存在は、イレナにとっての希望だとずっとみていました。物語の冒頭で「協力してほしい」という彼の誘いを、アンナのために一度は断ったイレナですが、やはりそれを受け入れたのは、共産主義のくびきから解放されるための希望にほかならなかったのではないかと。
── 特に印象に残ったキャラクターは?
安達:やはりボフダンです。
イレナは、スポーツ選手としてのキャリアを捨ててでも曲げられなかった信念があって今の境遇にいるわけですが、ボフダンは、そのキャリアを活かして後進の指導にあたる立場にいる。そこには羨ましいと思う感情もあったのではと想像します。ノヴォトニーの「我々に協力すればコーチとしても働ける」という言葉を聞いて、ボフダンとイレナ二人の対比がより鮮明になりました。
シングルマザーとして子供を育てながら、劇場で清掃員をしているイレナと、家族もいて自分の望むスポーツ界に身を置き後進を育てていけるボフダンと、本当に何が分岐点だったのだろうかという思いはあります。
── 最も心に残ったシーンを教えてください。
安達:アンナに打つビタミン剤をドーピング薬のストロンバにすり替える直前、決心を固めるために今まで一度も見せてこなかった強いお酒をあおるシーンがあります。
ため息の数もそうですが、それだけ気合を入れなければできなかった出来事で、(アンナごめんね)という声が聞こえてきそうな心の痛むシーンでした。
── 今後はどのようなキャラクターに挑戦したいですか?
安達:今まではどちらかと言うと影のある役が多かったので、カラリとした明るい役にトライできたらと思っています。
恰幅の良いお母さんのように、何があっても笑い飛ばしてケラケラできてしまうようなキャラクターに挑戦してみたいです。
── 最後に、この作品をまだ観ていない方々にひと言お願いします。
安達:私たちが暮らす世界のすぐ近くに、今も覇権主義や紛争で苦しんでいる人たちが大勢います。目を逸らしてしまいがちな外の世界にもしっかり目を向け、そして今の自分たちの生きている環境に感謝しつつ前に進むことを私は忘れないようにしたいと思います。
この作品を通じてそれが少しでも伝わればいいなと思っています。
■ 線上のフェア・プレイ (2014年 チェコ) 作品データ
■ 監督 アンドレア・セドラーチュコヴァー
■ 出演
アンナ:ユディット・バールドシュ
イレナ:アニャ・ガイスレロヴァ
ボフダン:ロマン・ルクナール
■ ストーリー
世界が「東」と「西」に分断されていた1980年代前半。
共産主義政権下のチェコスロバキアで母親のイレナと二人暮らしを送るアンナは、将来を期待された陸上選手だ。ライバルのマルティナと共に、彼女は国が支援するエリートスポーツセンターでコーチのボフダンから厳しい指導を受ける日々を送っていた。
高地合宿のさなか、ロサンゼルスオリンピック出場のため、有能なアスリート向けの新薬のプログラムに参加させられるアンナ。
それは、筋肉の成長を助ける、ドーピング薬だった…
■ 日本語吹替版キャスト
アンナ 南澤 まお / イレナ 安達 菜都 / ボフダン 石原 雅人 / マルティナ 幸野 央枝 / マレク 犬丸 義貴 /
ノヴォトニー 近衛 頼忠 / クラツィーク 八鳥 浩一 / トマーシュ 吉岡 翔悟 / パヴェルカ 犬丸 義貴 /
女医 岩元 絵美 / 裁判官 桜井 春香 / 渡航申請所係官 日向 ゆりな / アンジェラ 雪村 真以 / ジェリナ 林 あゆり /
トマーシュの母 青柳 佑 / ラジオアナ さきとう 薫 / 会場アナ 天野 惠 / 劇場職員 新藤 尭昌
■ 予告編 ( 字幕 )
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